タルト・タタンの夢

こんばんは。

今日は、昨日も飲んだBodega Cien y Cerroを引き続き飲みました。

カベルネ特有の絵の具のようなニュアンスが強く感じられました。また、少し置くとヘタレてきてしまったようで残念でしたが、最後まで残るチェリーのような果実香を楽しむことができました。

アロマの中にも、消えるまでの時間が長いものと短いものとあるんですかねえ。ほんの小一時間で全く異なった味わいを見せてくれるのがワインの面白さでもあります。

 

さて、表題についてですが、本日は、タルト・タタンの夢という小説、近藤史恵さんという方の作品を読みました。実は、初めて手に取った作者さんでした。

 

 

タルト・タタンの夢 (創元推理文庫)
 

 

こちら、とあるレストランに来る客と、その間に起こる不思議な出来事を、フレンチシェフらしい視点から解き明かしていくというものです。設定を聞くと、近頃増えている(と感じますが、皆さんどうでしょう?)食×ミステリーといった作品と大同小異、差別化ができているのかな?と思いましたが、これがじわじわと面白い。

そもそもこの本は友人を待っている間に立ち寄った本屋でたまたま手に取ったものなのですが、引き込まれるものを感じて購入し、そのまま本棚の肥やしになっていたものですw

二ヶ月ほど置き、ちょうど読み頃だったのか、ふと手に取って読んだところ、ページをめくる手が止まりませんでしたw文字数は少なめですが、250ページほどある作品にも関わらず、一度に読みきってしまいましたねえ。

さて、『フレンチシェフらしい視点から謎をとくってなんだよ!全然意味わかんねえよ!』という方もいらっしゃるかと思いますが、それは読んでいただければわかるかと思います。(おい)

 

今回は内容の紹介というよりも、私がこの作品のどういったところを面白いと感じたかを紹介させていただきます。

 

ミステリ、というと、一言で言えば、"なんだか救いのないイメージ"が私の中にはありました。

もちろん、謎を解いていく過程にあるカタルシス、真相が明らかになっていくそこに至るまでのどんでん返し、またその中でのジェットコースターのようなドキドキは、他ではなかなか味わえないものがあると思います。(子供の頃の、いたずらをして、それがバレるかどうかの気持ち、それにどこか似ていると感じるのですが、いかがでしょうか。)また真相が明らかになった時の開放感、呼吸を忘れるような緊張から解放されたあの気持ちはなかなか味わえませんし、これらは私も大好きです。そこに絵本を読んだ時に感じるような、家族の団欒のような、人間の優しさ、温かさを求めるのはまた違うということです。

しかし、(もちろんどちらが優れている、とかそういう話ではございません)この作品には、まさにそういう種類の人間模様が描かれています。そこにあったのは人と人との関わりを楽しむ気持ちであり、根底にあるのは人間への尊敬であり、信頼であり、愛情でした。

 

『君にとって、北斗なつみは、その一皿みたいなものだろう。食べると、幸せになれて、夢が見られる。それがとても、大事なものだということはわかる』

『でも、串本さんにとっては、彼女の人生はアイスクリームやケーキじゃない。もっと欠くことのできないものだ。だから、彼女には選ぶ権利があるんだ。きみは、ほかにも幸せになれるもの、夢を見られるものを探すことができるんだから』

タルト・タタンの夢 より

 

私が特に素晴らしいと感じたのはこの文章です。もちろん前後の文脈あってのものですし、そこは是非ご自分で読んでいただきたいのですが、この文章からだけでも、作者がこの作品を通じて何を伝えたいのか、それがわかるセリフだと思います。人間讃歌を、フレンチに絡めて表現しきっています。

ビストロ+ミステリという煽りに騙され(!)、東野圭吾さんのような、どんでん返しに次ぐどんでん返し、そんな大仰なミステリを想像して手に取った私には、これは小さな驚きであり喜びでした。(東野圭吾さんはまた違うジャンルで大好きなのですが)

日頃の人間関係に疲れた方にも、また単純に面白い小説が読みたい方にもお勧めできる本です。